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【小説】ジュエリー作家 伊織理人の工房

第二話:悪意の残像と、不完全な御守り


突然告げられた「全日本ジュエリー・アワード」への招待
突然告げられた「全日本ジュエリー・アワード」への招待

M県のM市。路地裏の工房『J&M』は、九条大介の冷たい声によって、一瞬にして凍りついた。


「……久しぶりだね、伊織理人くん。相変わらず、ゴミを磨くのが趣味のようだ」


九条が放つ言葉は、理人の耳に届く前に、その指先に「悪意の記憶」となって突き刺さる。


九条が身に着けている特注のプラチナ製ネクタイピン。


それに触れてもいないのに、理人の目には、九条がライバルの工房を次々と買収し、職人たちの誇りを踏みにじってきた冷酷な光景が、どす黒い残像となって流れ込んできた。


理人は指先を強く握りしめ、その奔流を耐える。 「……何の用だ、九条」


「リナ・金崎。君のような才能あるデザイナーが、こんな『日陰の住人』のところで何を企んでいる? 泥を磨いても、ダイヤモンドにはならないよ」


九条の侮蔑の視線がリナに注がれる。リナは怒りで頬を染め、理人の前に出た。


「九条さん、失礼よ! 私は理人の『嘘をつかない手』に、あなたの会社では絶対に見つけられない本質を見たの。彼を日陰者なんて呼ばせないわ!」


九条は鼻で笑い、一通の黒い招待状を叩きつけるように作業台へ置いた。


「本質、か。そんなもので飯が食えるなら苦労はない。


 ……そうだ、理人くん。


 君を『東京旅行』に招待してあげようと思ってね。


 来月開催される『全日本ジュエリー・アワード』。


 業界の重鎮たちが集まるその舞台に、君の名前を勝手にリストアップしておいたよ」


九条は、理人の使い古された工具たちを嘲笑するように見下ろし、追い打ちをかけるように続けた。


「君もいい加減、こんな退屈な田舎から抜け出したいだろう?


 でも安心したまえ。

 

 旅費は協会が持ってくれる。君はお上りさんのように、

 

 そのくたびれたボストンバッグ一つで上京すればいいさ。

 

 ……君の作る古臭いジュエリーが、私のプロデュースする『完璧な美』の前に、

 

 いかに無価値であるか。

 

 それを全国民の前で証明してあげるよ。逃げ出すなら、今のうちだがね」



不敵な笑みを残し、九条は工房を後にした。

重厚な車のドアが閉まる音が、静かな路地裏に虚しく響く。


嵐が去った後のような静寂の中、理人は重い口を開いた。


「……リナ。そのリングを、一度返してくれ」


「えっ? ……嫌よ、これ私の御守りなんだから」


リナは自分の指に馴染んだばかりの6ペンスリングを、隠すように握りしめた。

しかし、理人の瞳は真剣だった。


「今の俺は、九条の悪意に当てられた。


 ……記憶を感じ取るこの指先が、そのリングに嫌な残像を残したかもしれない。


 お前に渡す『幸せのまじない』に、あいつの影が混じるのは許せないんだ」


理人は一歩踏み出し、リナの細い手首を優しく、けれど拒絶を許さない力で掴んだ。

そのまま、彼女の指からゆっくりと銀色の輪を抜き取る。

指先から温もりが消え、リナの心臓が不規則に跳ねた。


「一度、記憶を洗い流す。……お前には、純粋な祈りだけを届けるべきだからな」


理人の、あまりに淡々とした、けれど混じり気のない言葉。


リナは、喉の奥が熱くなるのを感じた。


世界中のどんな高価な宝石の「適用」を受けた時よりも、その無骨な気遣いが、彼女のデザイナーとしてのプライドと、一人の女性としての素直な感情を激しく揺さぶった。


本当なら、その不器用な優しさにしがみついて感謝を伝えたい。


けれど、九条に投げつけられた言葉の熱と、理人との微妙な距離感が、彼女にそれを許さなかった。


「……勝手なこと言わないでよ。別に、そんなの気にしないのに」


絞り出すように返した言葉は、本心とは裏腹に少しだけ尖っていた。

けれど、理人を凝視することができず、俯いた彼女の耳たぶは、真っ赤に染まっている。


理人は再び作業台に向かい、バーナーに火を灯した。

その瞳に宿る静かな闘志と、リナへの不器用な誠実さ。

リナは何も言えず、ただその広い背中を、熱の引かない瞳で見つめていた。


「……逃げないわよ、理人。あんたが最高の御守りを作り直すまで、私はここを動かないんだから!」


強気な言葉の中に、かすかな震えが混じる。

二人の間に、新たな絆が芽生えようとしていた。


【次回の予告】


🔜 次回「第三話:逆襲の試作品(プロトタイプ)」 九条の挑発を受け、理人とリナが動き出す!

しかし、理人の能力に異変が……? ジュエリー作家 伊織理人の工房、次回の更新もお楽しみに!

 
 
 

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