ジュエリー作家 伊織理人の工房 陽光のデザイナーと影の職人①
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- 3月30日
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更新日:4月14日

💍陽光のデザイナーと影の職人①
▶︎ファッション誌の最新号を開けば、必ずと言っていいほど彼女の名前がクレジットされている。
「リナ・金崎」
彗星の如く現れた、今最も注目される若手ジュエリーデザイナーだ。
大胆な色使いと革新的なフォルムで、流行に敏感なセレブリティたちを虜にし、大手ブランドとのコラボレーションも次々と成功させている。
「私のデザインが、時代を作るのよ」
煌びやかなレセプションパーティーの会場で、リナはシャンパングラスを片手に、自信に満ちた笑みを浮かべていた。
プラチナブロンドの髪をかきあげ、周囲の羨望の視線を浴びるのが快感だった。
彼女にとって、ジュエリーとは自己表現であり、世界を征服するための武器。
才能と野心、そして圧倒的な努力で、彼女はその地位を築き上げてきた。
古い慣習や地味な職人技なんて、時代遅れだと信じて疑わなかった。
そんな彼女が、あるギャラリーの片隅で、名も知らぬ職人のリングに足を止めるとは、誰が予想しただろうか。
それは、伊織理人が手掛けた、シンプルなプラチナのリングだった。
派手さはない。
だが、吸い込まれるような造形の美しさと、金属が持つ本来の輝きを最大限に引き出したかのような、完璧なまでの仕上げ。
それは、リナが追い求める「新しさ」とは対極にある、静かで、深く、揺るぎない「本質」のようなものを感じさせた。
「…誰よ、これ作ったの…伊織、理人…?」
リナはプライドを刺激された。こんな無名の職人が、これほどの技術を持っているなんて。
しかも、そのデザインには、彼女が忘れかけていた何か…純粋な「祈り」のようなものが込められている気がした。
(許せない…! 私以外の誰かが、こんな…!)
確かめずにはいられなかった。
数日後、リナは高級車の後部座席から、M市の古びた路地裏を忌々しげに眺めていた。
ナビが示した場所は、およそ一流デザイナーが足を踏み入れるとは思えないような場所だった。
「ここで間違いないの?」
運転手に確認し、ため息と共に車を降りる。
場違いなピンヒールの音を響かせながら、目的の工房「J&M」の前に立った。
蔦の絡まるドア。控えめすぎる看板。
(…冗談でしょ? ここが…あんなリングを作った人間の工房?)
リナは眉をひそめ、勢いよくドアを開けた。
カラン、と気の抜けたベルが鳴る。
薄暗く、金属とオイルの匂いが立ち込める、時代に取り残されたような空間。
ショーケースには数点のジュエリーが並ぶだけ。奥の作業スペースから、金属を打つ単調な音が聞こえてくる。
「ごめんください!」
リナはわざと大きな声を張り上げた。高級ブランドの真っ赤なジャケットが、工房のくすんだ色調の中で浮いている。
音の主、伊織理人が作業スペースから顔を出した。
無造作な髪に、シンプルなシャツと革のエプロン。
リナとは対極の、影のような存在感。
彼は怪訝そうな表情で、黙ってリナを見ている。
「あなたが伊織理人? ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
リナは顎をしゃくり、腕を組んで理人に詰め寄った。
まるで査定でもするかのように、工房の中と理人を交互に見回す。
「先日、ギャラリーであなたのリングを見たわ。…まあ、悪くはなかったけど」
上から目線の言葉とは裏腹に、リナの心はざわついていた。
この男の、静かすぎる瞳の奥に何があるのか。
そして、なぜあんなにも心を揺さぶるものを作れるのか。
理人は、ただ黙ってリナの次の言葉を待っている。
その落ち着き払った態度が、リナの苛立ちをさらに煽った。
「単刀直入に聞くわ。あなた、何者なの? あんな古臭いデザインで、誰に評価されようって言うのよ!」
陽光のように眩しく、攻撃的なリナ。
影のように静かで、全てを受け流すかのような理人。
対照的な二人の出会いは、静かな工房の中で、奇妙な緊張感を生み出していた。
(第二話②へ続く)
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