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J&M Jewelry&Marriage ジュリ&マリ

ジュエリー作家 伊織理人の工房 陽光のデザイナーと影の職人②


② 触れられたプライド




理人の無反応さに、リナはさらに語気を強めた。


「聞いてるの!? あなたのあのリング、技術はまあまあだったけど、デザインは古臭いし、今の時代には全く響かないわよ。


私の作品を見せてあげる。これが本当の『今』のジュエリーよ!」



リナは持っていたアタッシュケースをカウンターに叩きつけるように置き、パチンと留め具を外した。


中には、彼女がデザインした最新コレクションの数々が、眩いばかりの光を放って並んでいた。


大粒のカラーストーン、斬新なカッティング、アシンメトリーなフォルム。まさに、現代的で大胆、そしてリナ・金崎というデザイナーの傲慢さすら感じさせるデザインだ。



「どう? これがトレンドの最先端。あなたの作ってるものとはレベルが違うでしょ?」


得意げに胸を張り、リナは理人の反応を待った。


きっと驚嘆するか、嫉妬に打ち震えるはずだ。そう確信していた。



理人はショーケースから視線を移し、リナの作品へと歩み寄った。表情は変わらない。


彼は黙って、ケースの中の一つのネックレスに手を伸ばした。


複雑な曲線を描くプラチナに、大粒のイエローダイヤモンドがセットされた、リナの自信作だ。


「ちょ、ちょっと! 気軽に触らないでくれる!?」


リナは思わず声を上げたが、理人は構わず、そのネックレスをそっと手に取った。


そして、目を閉じ、指先でゆっくりと金属と石の感触を確かめるように撫でた。


その瞬間――


理人の脳裏に、激しい光と音が流れ込んできた。


デザイン画とにらみ合う、徹夜続きのリナの姿。焦り。


もっと斬新なものを、もっと注目されるものを、という渇望。


コンペでライバルに勝った瞬間の高揚感。


パーティーでの喝采。


称賛の言葉。


しかし、その奥にある、どこか満たされない空虚さ。


孤独感。


本当に作りたいものはこれなのか? という一瞬の迷い…



――記憶は断片的で、感情の波が激しい。


理人はゆっくりと目を開け、ネックレスをケースに戻した。


そして、初めて、リナの目を真っ直ぐに見据えて口を開いた。



「…すごいですね」


その声は、静かだが、どこか重みがあった。


「すごい…情熱と、焦りと、そして…たくさんの『見られたい』という想いが詰まっている」



「え…?」


リナは虚を突かれた。


デザインや技術ではなく、込められた「想い」について語られるとは思ってもみなかったからだ。


しかも、それは彼女自身も自覚していなかった、心の奥底にある感情だった。



理人は続けた。


「たくさんの人が、これを見て驚き、称賛するでしょう。あなたの名前は、さらに有名になる」


「…そ、そうよ! 当然でしょ!」


リナは動揺を隠すように、わざと強く言い返した。



「でも」と理人は言葉を切った。


「このジュエリーは、少し疲れているように見える」


「…は?」


「まるで、持ち主よりも先に、ジュエリー自身が走り続けているような…必死に輝こうとして、少しだけ、無理をしているような」



リナは言葉を失った。


核心を突かれた気がした。


トレンドを追い、評価を求め、常に新しいものを生み出し続けなければならないプレッシャー。


その中で、いつしかジュエリーに込めるべき「心」のようなものを見失いかけていたのかもしれない。



「…な、何を偉そうに…! あなたに何がわかるっていうのよ!」


リナは顔を赤くして反論した。


プライドが傷つけられた。


こんな、時代遅れの工房の、影のような男に、自分のデザインの本質を見透かされたような気がして、たまらなく腹立たしかった。


「私のデザインは完璧よ! あなたのような職人には、到底理解できないでしょうけど!」



理人は、それ以上何も言わなかった。ただ、静かにリナを見つめている。その無言の視線が、リナにはどんな罵倒よりも深く突き刺さった。



(なんなのよ、この男…!)


リナは衝動的にアタッシュケースを閉じ、乱暴に掴んだ。


「もういいわ! 時間の無駄だった! 二度と来るもんですか!」


捨て台詞を残し、リナは工房を飛び出した。ピンヒールの音が、怒りに満ちて遠ざかっていく。



一人残された理人は、リナが去ったドアを見つめ、小さく息をついた。


カウンターの上には、彼女が触れた場所だけ、陽光の残滓のような、ギラギラとしたエネルギーが残っている気がした。



(疲れているジュエリー、か…)


理人は、先ほど触れたネックレスの記憶を反芻する。激しい情熱と、その裏にある脆さ。


(彼女自身も、気づいていないのかもしれないな…)



陽と陰。光と影。


全く異なる二人の道が、この日、確かに交差した。それは、これから始まる何かの序章に過ぎなかった。



(第二話③へ続く)



🔜 次回「第二話③:忘れられない感覚」


工房を飛び出したリナ。理人の言葉と指先の感覚が頭から離れない。そんな中、彼女に新たな試練が訪れる…?

 
 
 

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