ジュエリー作家 伊織理人の工房 陽光のデザイナーと影の職人②
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- 3月31日
- 読了時間: 4分
② 触れられたプライド

理人の無反応さに、リナはさらに語気を強めた。
「聞いてるの!? あなたのあのリング、技術はまあまあだったけど、デザインは古臭いし、今の時代には全く響かないわよ。
私の作品を見せてあげる。これが本当の『今』のジュエリーよ!」
リナは持っていたアタッシュケースをカウンターに叩きつけるように置き、パチンと留め具を外した。
中には、彼女がデザインした最新コレクションの数々が、眩いばかりの光を放って並んでいた。
大粒のカラーストーン、斬新なカッティング、アシンメトリーなフォルム。まさに、現代的で大胆、そしてリナ・金崎というデザイナーの傲慢さすら感じさせるデザインだ。
「どう? これがトレンドの最先端。あなたの作ってるものとはレベルが違うでしょ?」
得意げに胸を張り、リナは理人の反応を待った。
きっと驚嘆するか、嫉妬に打ち震えるはずだ。そう確信していた。
理人はショーケースから視線を移し、リナの作品へと歩み寄った。表情は変わらない。
彼は黙って、ケースの中の一つのネックレスに手を伸ばした。
複雑な曲線を描くプラチナに、大粒のイエローダイヤモンドがセットされた、リナの自信作だ。
「ちょ、ちょっと! 気軽に触らないでくれる!?」
リナは思わず声を上げたが、理人は構わず、そのネックレスをそっと手に取った。
そして、目を閉じ、指先でゆっくりと金属と石の感触を確かめるように撫でた。
その瞬間――
理人の脳裏に、激しい光と音が流れ込んできた。
デザイン画とにらみ合う、徹夜続きのリナの姿。焦り。
もっと斬新なものを、もっと注目されるものを、という渇望。
コンペでライバルに勝った瞬間の高揚感。
パーティーでの喝采。
称賛の言葉。
しかし、その奥にある、どこか満たされない空虚さ。
孤独感。
本当に作りたいものはこれなのか? という一瞬の迷い…
――記憶は断片的で、感情の波が激しい。
理人はゆっくりと目を開け、ネックレスをケースに戻した。
そして、初めて、リナの目を真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「…すごいですね」
その声は、静かだが、どこか重みがあった。
「すごい…情熱と、焦りと、そして…たくさんの『見られたい』という想いが詰まっている」
「え…?」
リナは虚を突かれた。
デザインや技術ではなく、込められた「想い」について語られるとは思ってもみなかったからだ。
しかも、それは彼女自身も自覚していなかった、心の奥底にある感情だった。
理人は続けた。
「たくさんの人が、これを見て驚き、称賛するでしょう。あなたの名前は、さらに有名になる」
「…そ、そうよ! 当然でしょ!」
リナは動揺を隠すように、わざと強く言い返した。
「でも」と理人は言葉を切った。
「このジュエリーは、少し疲れているように見える」
「…は?」
「まるで、持ち主よりも先に、ジュエリー自身が走り続けているような…必死に輝こうとして、少しだけ、無理をしているような」
リナは言葉を失った。
核心を突かれた気がした。
トレンドを追い、評価を求め、常に新しいものを生み出し続けなければならないプレッシャー。
その中で、いつしかジュエリーに込めるべき「心」のようなものを見失いかけていたのかもしれない。
「…な、何を偉そうに…! あなたに何がわかるっていうのよ!」
リナは顔を赤くして反論した。
プライドが傷つけられた。
こんな、時代遅れの工房の、影のような男に、自分のデザインの本質を見透かされたような気がして、たまらなく腹立たしかった。
「私のデザインは完璧よ! あなたのような職人には、到底理解できないでしょうけど!」
理人は、それ以上何も言わなかった。ただ、静かにリナを見つめている。その無言の視線が、リナにはどんな罵倒よりも深く突き刺さった。
(なんなのよ、この男…!)
リナは衝動的にアタッシュケースを閉じ、乱暴に掴んだ。
「もういいわ! 時間の無駄だった! 二度と来るもんですか!」
捨て台詞を残し、リナは工房を飛び出した。ピンヒールの音が、怒りに満ちて遠ざかっていく。
一人残された理人は、リナが去ったドアを見つめ、小さく息をついた。
カウンターの上には、彼女が触れた場所だけ、陽光の残滓のような、ギラギラとしたエネルギーが残っている気がした。
(疲れているジュエリー、か…)
理人は、先ほど触れたネックレスの記憶を反芻する。激しい情熱と、その裏にある脆さ。
(彼女自身も、気づいていないのかもしれないな…)
陽と陰。光と影。
全く異なる二人の道が、この日、確かに交差した。それは、これから始まる何かの序章に過ぎなかった。
(第二話③へ続く)
🔜 次回「第二話③:忘れられない感覚」
工房を飛び出したリナ。理人の言葉と指先の感覚が頭から離れない。そんな中、彼女に新たな試練が訪れる…?
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