ジュリ&マリ ブログ小説「ジュエリー作家 伊織理人の工房」第一話:「時を戻す指輪」(全5回)
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- 2月4日
- 読了時間: 3分
更新日:2月5日

第一話①:時を刻んだ指輪
M市の静かな路地裏に、ひっそりと佇む小さなジュエリー工房「J&M」。
店のドアを開けると、ほんのり金属の香りが漂い、ショーケースには繊細な輝きを放つジュエリーが並んでいる。
奥の作業スペースでは、一人の職人が黙々と手を動かしていた。
伊織理人(いおり りひと)、35歳。
彼は爽やかな印象とは少し違って、寡黙な男。
人付き合いが苦手な彼にはジュエリー作家は天職だと感じていた。
なぜならジュエリー作家という仕事は、殆ど1日中、1人で作業するから。
けれど、彼にはただの職人ではない特別な能力があった。
それは
―― 触れたジュエリーに宿る記憶を感じ取ることができる
というもの。
彼の指先がジュエリーに触れると、それを持っていた人々の想い、歴史、喜びや悲しみが、淡い残像のように流れ込んでくる。
時には嬉しく、時には切ない。それでもリヒトは、その記憶をそっと受け止め、ジュエリーを新たな姿へと磨き上げてきた。
その日、工房のドアが静かに開いた。入ってきたのは、品のある老婦人。手に小さなジュエリーケースを握りしめている。
「こちらで… 指輪の新品仕上げをお願いできますか?」
彼女の声は穏やかだったが、どこか寂しげな響きがあった。
リヒトは頷き、ケースの中を覗く。
そこにあったのは、年季の入ったゴールドの指輪。
表面は細かな無数の傷で覆われている。
50年という時間、いや思い出がそれを表していると言ったほうがいいだろうか。
そっと指先で触れる。
その瞬間、視界がかすみ、意識が指輪の記憶の中に吸い込まれる――
—— 風の吹く丘で、若い男女が並んで立っている。——
男性は少し照れくさそうに、手のひらの小さな箱を開いた。——
そこには、今と同じゴールドの指輪が輝いていた。——
「君とずっと一緒にいたい」——
リヒトは静かに目を開け、老婦人を見つめた。
「ずいぶん大切にされてきた指輪ですね」
「ええ… 50年前、主人が私に贈ってくれたものです」
彼女の目が、どこか遠くを見つめる。
「今月で、主人が亡くなって5年になります。来月が命日で…」
「…」
リヒトは、ゆっくりと指輪を撫でた。
その金属の冷たさの中に、温かい愛の記憶が染みついている。
「思い出を綺麗に残したいんですね」
「それもあります。でも、それだけじゃないんです」
老婦人は微笑んだが、目元がわずかに潤んでいた。
「この指輪を新品のように戻してもらうことで、もう一度、あの頃の気持ちに戻れたらって」
彼女の言葉に、リヒトは静かに頷いた。
新品仕上げとは、ただ傷を消す作業ではない。
それは時を巻き戻し、持ち主の心をもう一度輝かせる作業でもある。
「お預かりします。少しお時間をいただきますが、大丈夫ですか?」
「ええ、よろしくお願いします」
老婦人は静かに頭を下げ、工房を後にした。
リヒトは、改めて指輪を見つめる。
これはただのジュエリーではない。50年分の想いが込められた、大切な記憶の欠片だ。
「…さて」
彼は工具を手に取り、作業台に向かう。
指輪の表面を磨きながら、ふと気づいた。
「…ん?」
指輪には何かが刻まれている。
ほんのわずかに残る、何かのメッセージ――
そしてそれを消すかの様な不自然な傷
これは偶然なのか、それとも…?
🔜 次回「第一話②:刻まれたメッセージ」理人が指輪を磨く中で見つけた、消えかけた刻印とは――?
次回の更新をお楽しみに!
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