ジュリ&マリ ブログ小説「ジュエリー作家 伊織理人の工房」第一話(2):「時を戻す指輪」(全5回)
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- 2月5日
- 読了時間: 3分

老婦人が帰った後、リヒトは作業台に指輪を置き、改めて表面を磨き始めた。
長年の使用でついた無数の傷を、慎重に消していく。
すると――
「……ん?」
リヒトは指輪を持ち上げ、作業用ライトにかざした。
「……この刻印、わざと削られた形跡があるな」
指輪の内側の異変にここでやっと気づいた。
基本的に内側に大きな傷がつくことはありえない。
その不自然な傷跡は、まるで 意図的に文字を消そうとしているかのように見えた。
指輪の内側に微かに読み取れる文字
完全には読めないが、かつてここには何かのメッセージが刻まれていたのは間違いない。
リヒトは少し倍率の高い拡大鏡をつけ、改めて内側のメッセージを覗き込んだ。
拡大してみるとやはりこの指輪の内側は意図的に削られているのがわかる。
「I Will...」
「アイ ウィル...」
なんとか見えたその文字の先から殆ど見えない。
「普通なら日付やイニシャルが多いけど、メッセージなんて珍しいな」
「どういうことだ?」
50年間、大切に身につけていた指輪。
彼女が削る理由はないだろう。
なぜなら彼女の依頼の理由ーー
「あの頃の気持ちに戻りたくて」という言葉と矛盾するからだ。
もしそうだとしてもこのメッセージの件に触れないのも少しおかしな話だ。
彼女は気づいていないのか?
ーー!?
もしかすると 彼女の亡き夫が?
リヒトはもう一度指輪を作業用ライトにかざした。
リヒトは指輪内側の消えかかっている文字を浮かび上がらせようと、
消えかかった僅かな文字の点と点を結ぶ。
カリ…カリ…
金属を削る音が誰もいない工房で静かに響く。
丁寧に点をつなぐと、消されかかった文字が少しずつ姿を現していった。
どのくらい時間がたっただろう。
そこに浮かび上がった文字――
「i will make you happy」
「……僕が君を幸せにする・・・か・・・・」
ロマンチックなメッセージだ。
50年前のあの日、この言葉を添えて指輪を渡したのだろう。
だが、どこかのタイミングでこの文字を削りとった・・・
リヒトの指がそっと指輪を撫でる。
すると再び、ジュエリーに宿る記憶が流れ込んできた――
—— 柔らかな灯りの中、年老いた男性が指輪を見つめている。
—— 彼はふと、小さなヤスリを取り出し、内側の文字を削り始めた。
—— その表情はどこか、寂しげで、何かを悔やんでいるようにも見えた。
記憶はそこで途切れた。
「……どういうことだ?」
なぜ彼は、削る必要があったのか。
何を悔いていたのか。
リヒトの胸に、妙な引っかかりが残った。
単なる新品仕上げのはずだった。
だが、この指輪には まだ語られていない物語 がある。
「……奥が深い仕事になりそうだな」
リヒトは小さく息を吐き、研磨機を止めた。
新品のように蘇った指輪を見つめながら、老婦人にこの事を伝えるべきか考える。
次の工程は、リングの仕上げ。
リヒトの手は指輪をそっと優しく撫でるように磨いていった。
だが彼の頭の中では、消えかけた刻印と、あの寂しげな男性の記憶が、静かに揺らめいていた。
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🔜 次回「第一話③:指輪に残された秘密」
削られた刻印の謎を追い、老婦人の過去が少しずつ明らかに…?
次回の更新をお楽しみに!
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