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【小説】ジュエリー作家 伊織理人の工房3

第三話:逆襲の試作品(プロトタイプ)



青白い炎が、工房の静寂をなめるように揺れている。


理人は、リナから預かり直した6ペンスのリングに、再び火を当てていた。


九条大介が残していった澱のような悪意を、高熱で焼き払い、記憶をリセットするための作業だ。



リナは、作業台の少し離れた場所で、スケッチブックを膝に乗せたまま動けずにいた。

先ほど理人が見せた、あの静かで、けれど絶対に妥協を許さない瞳。


「純粋な祈りだけを届けるべきだからな」


その言葉が、耳の奥で何度もリフレインしている。


(……あんなの、ずるいわよ)


リナは、自分の頬がまだ少し熱い自覚があった。

都会で数多の称賛を浴びてきた彼女にとって、理人のような「飾らない、けれど核心を突く言葉」は、どんな高価な宣伝文句よりも心に深く刺さる。

彼女は、照れ隠しをするようにスケッチブックを乱暴に開き、鉛筆を走らせた。


「理人、アワードまで時間がないわ。九条の『完璧な美』を黙らせるには、ただのコインリングじゃ足りない。私のデザインと、あんたの技術……その二つが完全に融合した、見たこともないような『化け物』を作らなきゃ」


理人は火を止め、リングを冷水に落とした。

ジッ、という鋭い音が響く。


「……化け物、か。お前、何か具体的なイメージがあるのか?」


「ええ。伝統的な彫金技術と、コインが持つ歴史、そして……『光』を操る構造。九条が好むような、石の大きさだけで勝負する暴力的な輝きじゃない。着ける人の内側から滲み出るような光よ」


リナのペンが、大胆な曲線を紙の上に描き出していく。


理人はそのスケッチをじっと見つめた。


「……面白いな。だが、この構造を白銅貨の硬さで実現するには、既存の工具じゃ無理だ。いくつか専用の道具を自作する必要がある」


「作ればいいじゃない! あんた、職人でしょ?」


リナが不敵に笑ったその時。 理人の指先が、テーブルの上に置かれた九条の黒い招待状に、ふと触れた。


「……っ!」


理人の視界が急激に歪む。

これまでにない、強力な「予感」のような記憶が脳内に奔流となって流れ込んできた。

それは九条の記憶ではない。その招待状のインクの匂いに混じった、知らない女の冷たく、


鋭利な気配。

―― 「……これがあの男の執着している工房? 悪くないわ、壊し甲斐がありそう」 ――


銀髪を揺らし、理人の作品を冷笑しながら見つめる、見知らぬ女性の残像。


九条が用意している「本命」は、九条自身ではない。


その背後にいる、リナの才能すら凌駕しかねない、冷徹なデザイナーの影だった。


「理人? どうしたの、顔色が真っ青よ」 リナの声で、理人は我に返った。額には嫌な汗が滲んでいる。


「……いや、なんでもない。ただの立ちくらみだ」


「無理しすぎなのよ。いい? アワードまでの間、私はここに泊まり込みでデザインを詰めるから。あんたのその冴えない工房、私が世界一の作戦室に変えてあげるわ!」


リナは窓を開け、M市の夜風を工房に招き入れた。 理人は、自分の指先をじっと見つめる。

九条の背後に見えた、あの銀髪の女。

彼女がいつ、どのような形で自分たちの前に現れるのか。今はまだ分からない。


けれど、理人は確信していた。

この工房から生まれる次の作品が、自分たち二人の運命だけでなく、まだ見ぬ強敵をも引き寄せる「光」になることを。


理人は、磨き直したばかりの6ペンスリングを、今度は迷わずリナの指へと滑り込ませた。


「今度は大丈夫だ。……純粋な、お前のためのまじないだ」


「……ありがと。今度は、絶対に離さないわよ」


二人の夜が、本格的な戦いへと動き出した。



【次回の予告】

🔜 次回「第四話:Mの奇跡」 専用工具の制作に没頭する理人! しかし、街の人々がある重大なニュースを持って工房に駆け込んできて……? ジュエリー作家 伊織理人の工房、次回の更新もお楽しみに!

 
 
 

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