【小説】ジュエリー作家 伊織理人の工房5
- v0vo0oe0e
- 5 日前
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第五話:最後の一片(ラストピース)

作業台の上で、自作した「時のコイン」とオレゴンサンストーンが、ランプの光を受けて妖しく瞬いている。理人は、完成まであと一歩のところで、その手を止めていた。
「どうしたの理人? あとは石を留めるだけじゃない」
リナが身を乗り出して尋ねる。彼女の瞳には、かつてないほど鋭いクリエイティブの熱が宿っている。
「……リナ、このジュエリーは『美しすぎる』んだ」
「はぁ!? 何言ってるのよ。アワードに行くのよ? 美しくて当然じゃない」
理人は首を振った。
「九条が用意してくるのは、計算し尽くされた完璧な美だ。でも、俺たちが作ろうとしているのは『人生』そのもののはずだろ。人生には、予期せぬ歪みや、手触りのある温もりが必要なんだ」
理人は、壁に掛けていた私物のコレクションから、一枚のコインリングを手に取った。
それは彼がかつて旅先で手に入れ、ボロボロになるまで磨いては、また傷ついた、思い出の深いコインだった。
理人はそのコインの一部を薄く削り出し、オレゴンサンストーンの台座の「隠しパーツ」として組み込んだ。
外からは見えない。けれど、その一片が加わった瞬間、ジュエリー全体の放つ光が、冷たい「完成品」から、体温を持つ「宝物」へと変貌した。
「……これが、最後の一片か」 リナが小さく息を漏らす。 「目に見えない場所にこそ、一番強い記憶を込める。あんた、本当に……底意地の悪い最高の職人ね」
二人がその輝きに見惚れていた、その時だった。 工房のセンサーが静かに鳴った。九条のような乱暴な音ではない。蛇が這うような、忍び寄る音。
「……ふぅん。こんな場所で、そんな面白いことをしていたのね」
入り口に立っていたのは、月明かりを浴びて発光しているかのような、透き通った銀髪の女性だった。 九条の隣にいた、あの冷徹な影。 リナが反射的に立ち上がる。
「あなた……誰よ。不法侵入よ!」
「失礼。あまりに美しい『歪み』の予感を感じたものだから」
彼女は理人の作業台をチラリと見ると、ふっと口角を上げた。
「私は氷室冴(ひむろ さえ)。九条さんに雇われた、今回のデザイナーよ。……リナ・金崎。あなたのデザインは『陽』すぎて、深みがない。
そして伊織理人、あなたの技術は『情』に寄りすぎて、脆い」
冴は、理人が作り上げた「時のコイン」を指差し、冷たく言い放った。
「アワードの舞台で教えてあげる。ジュエリーとは、祈りではなく、人を跪かせるための『権力』だということを」
冴が去った後、工房には氷のような冷気が残った。
理人の指先が、激しく疼く。 彼女が去り際にドアの取っ手に残した「記憶」——それは、一切の感情を排し、ただ勝利だけを追求する機械のような、研ぎ澄まされた静かな狂気だった。
「……あいつ、何様よ!」
リナが震える声で叫ぶ。
「理人、絶対に負けないわよ。M市の田舎職人の底力、見せてやるんだから!」
「田舎職人は余計だが、ああ。……明日、東京へ行く。この『時の地金』を、完成させてな」
理人は、くたびれたボストンバッグを引っ張り出した。 中には、九条が言ったような「お上りさん」の荷物ではなく、世界でここにしかない工具と、そして二人で紡いだ最高の輝きが詰められていた。
【今回登場した技法:隠しパーツ】
裏張り(うらばり): 表からは見えないジュエリーの裏側や内部に、あえて異なる素材やメッセージを込める技法。理人はそこに「自分が一番愛したコインの欠片」を忍ばせ、作品に魂を込めた。
【次回の予告】
🔜 次回「第六話:上京、そしてアワード開幕」 ついに舞台は東京へ! 華やかな会場で、理人の「くたびれたボストンバッグ」が波乱を巻き起こす……!? ジュエリー作家 伊織理人の工房、次回の更新もお楽しみに!
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