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【小説】ジュエリー作家 伊織理人の工房4


第四話:錬成される「時の地金」



M市の夜は更け、工房『J&M』には、これまでとは違う、重厚な金属を熱する匂いが立ち込めていた。


「理人、本当にそれで行くの? アワードよ? 相手は数千万クラスのダイヤモンドを惜しみなく使ってくる九条なのよ」


リナがスケッチブックを抱えたまま、不安げに理人の手元を覗き込む。


理人が作業台に置いていたのは、ありふれたプラチナやK18の地金ではなかった。


それは、彼が何年もかけて少しずつ集めてきた、「アンティーク・ゴールド」の端材と、街の人々から預かった「思い出の詰まった古い貴金属」を精錬し直した、理人独自の合金だった。



「リナ、九条が提示するのは『現在(いま)』の価値だ。でも、俺が作りたいのは『積み重なった時間』そのものなんだ」


理人は、精錬した地金を一度真っ白なキャンバスのような「無垢のコイン」へと鋳造した。そしてその表面に、リナと共に考案した「現代の紋章」を刻んでいく。


わざわざコインを一から作る。

それは、コインリングが持つ「歴史を纏う」という哲学を、理人がジュエリー職人として再定義するための挑戦だった。


「石はどうするの? 4C(カラー、クラリティ、カット、カラット)で勝負したら、九条の資本力には勝てないわよ」


理人は、棚の奥から一つの小箱を取り出した。

中に入っていたのは、一見すると不透明で無骨な、けれど内側から深い虹色の光を放つ「オレゴンサンストーン」の原石だった。


「ダイヤモンドのような完璧な透明度はない。でも、この石の中には『ラブラドレッセンス』という、金属の結晶が内包されている。火花のような、命の鼓動のような輝きだ。……これを、俺が作った『時の地金』で包み込む」


理人の指先が、その石に触れる。 (……地中深くで何万年も眠っていた、静かな情熱の記憶。そして、人々の思い出が溶け込んだ地金の温もり)


二つの記憶が、理人の手の中で一つに溶け合っていく。


「素材の価値を測るのは鑑定書じゃない。職人の手の中で、その素材がいかに『生きた輝き』に化けるかだ」


理人は、自作したコインの中央を贅沢に抜き、その内側にオレゴンサンストーンを「空間」を活かしてセッティングする。

光が石の裏側から透過し、内包された銅の結晶が、まるで生きているかのように工房の中で瞬いた。


「……すごい」


リナが思わず息を呑む。

そこにあるのは、流行を追った華やかさではない。

地質学的な時間と、人間の歴史、そして理人の技術が三位一体となった、圧倒的な「本質」だった。


「これなら、いける……! 九条のダイヤを、その石の『物語』で飲み込んでやるわ!」


リナの瞳に、勝利への確信が灯った。

しかし、理人は完成したばかりのプロトタイプを見つめ、静かに呟いた。


「……ああ。でも、この輝きを完成させるには、まだあと一つ、足りないものがある」


理人の視線の先には、壁に飾られた古いコインリングのコレクションがあった。

趣味で作り続けてきたそれが、この究極のジュエリーに、最後の一片(ピース)をもたらそうとしていた。



【今回登場した素材の蘊蓄(うんちく)】


  • オレゴンサンストーン: ダイヤモンドのような「透明度」の競争ではなく、石の内部に含まれる「銅の結晶(シラー効果)」で勝負する、通好みの希少石。


  • 時の地金(アンティーク・ブレンド): 古いジュエリーを溶かし直すことで、現在の地金よりも独特の「深み」と「粘り」を持たせた理人オリジナルの18金。


【次回の予告】

🔜 次回「第五話:最後の一片(ラストピース)」 アワード前夜、理人が下した「ある決断」。そして、ついにあの銀髪のライバルがM市に姿を現す……!? ジュエリー作家 伊織理人の工房、次回の更新もお楽しみに!

 
 
 

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