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ジュリ&マリ ブログ小説「ジュエリー作家 伊庭理人の工房」第一話(5):「指先に残る記憶」

更新日:2月11日


ジュエリー作家 伊織理人の工房 第一話(5)
ジュエリー作家 伊織理人の工房 第一話(5)

老婦人が指輪を薬指にはめ、静かに微笑みながら店を後にした。


「職人さん、ありがとう、大切にするわ」


そう言い残して、扉が閉まる音が響く。



理人はしばらくその場に立ち尽くした。



指輪は完璧に仕上げたはずだった。


なのに、どこか胸の奥がざわついている。



作業机に目をやると、金属粉が細かく散らばっていた。


削られた時間の欠片。



彼は無意識のうちに、その粉を指先ですくい上げた。



——瞬間、意識が深く沈んだ。



目の前に映るのは、どこか懐かしい光景



きちんと整理整頓された家、静かな午後。


やわらかな光が差し込む中、一人の年老いた男性が指輪を握りしめていた。



「…この言葉は、いらないな」



彼は小さく笑うと、ルーペを片手に慎重に指輪を見つめた。



「『俺が君を幸せにする』か・・・



  逆だよ・・・ 



  俺は君に幸せにしてもらった。



  若いころはそんな事これっぽっちも思わなかった。



  君はこんなバカな僕を暖かく見守ってくれた。



  偶に喧嘩もするけど、それでもすぐに仲直りしてくれた。



  君には感謝してもしきれない。



  僕の独りよがりな思いは君にはもういらないんだ。



  君は僕の親友であり、彼女であり、奥さんだった。



  僕は・・・君に約束を果たせたのかな・・・


  


  君は幸せだったろうか。



  とても怖くて訊けないんだ。



  こんな臆病な僕を許してくれ・・・」



老人は道具を手に取り、細かく彫られた文字をひとつずつ消していく。



削るたび、金属の破片が小さな光を放って飛び散る。




——まるで、過去を削り取るように。



老人の震える手は 上手には削れない。



しかし指輪の内側は、次第に空白に入れ替わっていく。



まるで、何事もなかったかのように。



彼は満足そうに目を細めた。



そして、最後にそっと指輪を握りしめる。


まるで、そこに想いを込めるかのように——



「・・・ありがとう」



その言葉がリヒトの頭の中で響いた。





そして、静かな独白が工房に溶ける。



記憶は、そこで途切れた。





——ふっと、意識が現実に引き戻される。



理人は指先に残る金属粉を見つめた。


何の変哲もない、ただの削りかす。



だが、その一粒一粒に、彼の想いが込められていた。



「そうか…彼は、誓えなかったんじゃない。あの人に、約束を残したくなかったんだ」



"僕が君を幸せにする" なんて言葉よりも、もっと大切なことを知っていた。



どんなに愛していても、言葉は時に嘘になる。



だからこそ、彼は削り取った。



彼の愛は、何もない指輪の内側に、そのまま残っている。



——いや、違う。



愛は、指輪ではなく、今もあの人の胸の中に生き続けているのだ。



理人は小さく息を吐き、残った金属粉を小さな小瓶にそっと入れた。



指輪に刻まれていたのは、言葉ではなく、沈黙の愛 だったのだから。



リヒトは空気に舞う思い出を見ながらこう呟く



「あなたは彼女を幸せにしましたよ」






第一話 完結


削られた言葉は消え去った。


けれど、指輪に込められた想いは、確かに残っている。






次回からは 「第二話:赤いルビーの約束」 がスタート!



次の依頼人は、若い女性。


彼女が持ってきたのは、深紅に輝くルビーの指輪。



「この指輪、おばあちゃんの形見なんです。でも…最近、身につけると不思議な夢を見るんです」



このルビーに込められた秘密とは?


伊庭理人の新たな物語が、また始まる——



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