📖 第三話：「消えたエメラルド」

第一話①：訪れた男と、消えた石

M市にひっそりと佇むジュエリー工房「J＆M」。

手作りの指輪や、オーダーメイドジュエリーを制作するこの店に、ある日、一人の初老の男性が訪れた。

店内のカウンターの奥で作業をしていた伊織理人（いおり りひと）は、静かに顔を上げる。

少し痩せ気味の体型、控えめな表情に、どこか寂しさを帯びた目をしたその男性。

手には 石の入っていないプラチナの指輪 をそっと握りしめていた。

「……指輪の修理をお願いできますか？」

少し低く、落ち着いた声だった。

リヒトは軽く頷くと、カウンター越しに彼の前へと歩み寄った。

「どのような修理をご希望でしょうか？」

男性は一度、指輪を見つめると、静かに語り始めた。

「……この指輪は、亡くなった妻のものです。2年前に突然、事故で他界しましてね。ずっと仏壇に飾っていたのですが……」

ふっと、少し言葉を飲み込む。

苦しげな表情を浮かべながら、続けた。

「……2週間ほど前に、石がなくなっていることに気づきました」

「石が……なくなった？」

リヒトは指輪を手に取ると、じっと眺めた。

確かに中央の石座には、長年そこに収まっていたであろう痕跡 がくっきりと残っている。

しかし、エメラルドの姿はどこにもない。

「盗まれた可能性は……？」

「いや、それは考えにくい。家の中が荒らされた形跡もないし……なにより、指輪は仏壇に置いたままだったんです」

「つまり、石だけが突然消えた……？」

「……はい」

男性は軽くため息をつき、遠い目をしながらぽつりと呟いた。

「私が気づかなかっただけで、もっと前になくなっていたのかもしれません……ただ、妻の供養のために、新しい石を入れようと思いまして」

彼の指が、プラチナのリングを優しく撫でる。

まるで、そこにもう一度亡き妻の存在を感じるかのように。

リヒトは、無意識にその指輪へと手を伸ばし――

瞬間、視界がかすみ、意識が指輪の記憶の中に吸い込まれる

――工房が暗闇に溶け込んだと思うと、小さな明かりが向こうから段々と近づいてくる。

小さな明かりの中に浮かんできたのは、一人の女性の姿だった。

儚げな微笑みを浮かべながら、どこか 悲しげな表情 で指輪を見つめる女性――。

リヒトの胸に、ざわりと違和感が走った。

（……この指輪には、まだ語られていない物語がある）

「……奥様のエメラルドについて、もう少し詳しくお聞きしてもよろしいですか？」

リヒトは目の前の男性に向き直る。

石の消失――そこに隠された想い を、確かめるために。

🔜 次回：「指輪に残る記憶」 亡き妻が身につけていたエメラルドの詳細を尋ねるリヒト。しかし、男性は意外にも エメラルドの記憶が曖昧 で――？

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